No.33

特にテーマはございません。日常で見たり聞いたり考えたことを、徒然なるままに。

「考えろ、考えろ、

マクガイバー」(伊坂幸太郎著「魔王」より)

魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)

 

 

今日、IPAの試験を受験してきました。

準備というほどの勉強もしておらず(単に気持ちが乗らず怠けてただけです、はい)、受けても全然わからんだろうな、と思いつつ、受けないってのも逃げるようで面白くない、とか考えながら受けに行きました。

 

この試験は、選択式の午前と記述式の午後に分かれてて、午前は4択なのでとりあえず埋めることはできます。

問題は記述式で、何もわからなければ書きようがない。

さて、どう出るか、と構えながら午後の問題を解く。

いっちょんわからん!という事はなく、読んで話を理解して、設問について考えると、何となく正解らしき考えが浮かんでくる。書ける。

これには自分で自分に驚きました。

結果、どうにもわからんで部分点狙いの苦し紛れ回答をした設問もありましたが、空欄なし。

 

対象が仕事に関連する分野なので、常識的な知識や基本的な思考方法については身に染みていただろうことは確かです。

クリティカルに仕事内容と試験内容が重なっている部分はなく、どれも知っている話はありませんでした。考えることで答えを導き出せた。

自分の持つ知識を引き出して組み合わせて応用して、そして解答を生み出す。これが何と楽しいことか。

いつもは時間前に切り上げてさっさと帰るのですが、今日は最後の時間一杯まで粘ったり。ホントに楽しい時間を過ごすことができました。

”考えて”答える、という行為は当たり前と言えばそれまでですが、何だか今日は新鮮でした。

 

よく言われている事ですが、試験勉強=暗記ってイメージは強いですよね。

この試験も、過去問を数こなしてパターンを身につけろ、という参考書が多い印象です。

それで問題の答えはわかるかもしれない。それで試験は合格できるかもしれない。

それで様々な事を頭に詰め込んだとしても、詰め込んだ形でしか使えないようではさして意味はない。そんな状態は寂しい。

 

知識とは、自らが考えるための材料であり、使い方次第でどんな事にでも活かすことができるのが良い。

 

昔からそう思ってはいて、ちゃんと応用できる形で、物事のより本質的な部分での理解に努めよう、と考えています。

根っこがわかれば、その枝葉を理解するのは、そう難しいことではないでしょうし、寧ろ、その枝葉全てを頭に入れようとするより容易いのかもしれません。

 

 

ちょっと話は別ですが、国語だとか英語の読解系の試験問題は、特別に勉強なぞしなくても解けてたな、とか思い出します。

あれは読んで理解できれば、答えはその中にありますからね。

読んだことから答えに繋がる経路を読み取れればいい。その過程で、自分の持つ知識が少しばかり役立つこともあります。(英語のvocabularyとかね)

 

提示された材料と、自分の持つ材料を合わせて、解答を生み出す。頭の中の化学反応。

この楽しさを知ってたはずだけど、いつしか忘れてしまってたかなぁ。

 

 

私は元々新しいことを知るのが好きで、その変形で勉強も好きなニンゲンです。

知ることも楽しいですが、考えることも楽しい。改めて思い知りました。

もっと考えよう。もっと頭を使おう。そしたら、もっと毎日が刺激的になるはず。

 

そんなこんなで、いい日でした。

ではまた、その内。