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No.33

特にテーマはございません。日常で見たり聞いたり考えたことを、徒然なるままに。

成長とは何なのか

仕事を通じて成長なんてしなくていい - 脱社畜ブログ

 

404 Blog Not Found:仕事を通じて成長しなくても許されるのは貴族まで

 

ちょっと前だけど、2つの成長にまつわるエントリを読んだ。

この辺のことは、誰しも(と言ってしまうと言い過ぎか?)少しは考えたことがあり、自論があるのではないかな。

私もこれまで思っていたことを含めて並べてみる。

 

まず、前者のエントリは、「仕事=成長」という構図への問題提起であって、これは最近私が感じているわだかまりを、的確に表現してくれていた。

(どれだけ成長を望めるか、今後に活かせるか、を考えると、どう考えてもこれまでと同じように仕事の中で積み上げていくより、自学自習で新しいことを修得した方が伸びしろがあるように考えており、そういう方向に動き出そうとしている所なのだ)

成長は自分の在りたい姿へ繋がる過程、と言っているように感じた。

 

これに対し、後者は「成長」をもっと広範に捉えてあって、できないことができるようになる、という事を成長と言っている。

そして、そういう成長は仕事の上で必然的に発生もするし、必要なことだ、と。

 

前者は成長をちょっと狭義的に捉えているけど、成長と仕事の関係は、成長に至る手段のひとつに仕事がある、という話。

後者は成長を広く捉えているけど、成長と仕事の関係にのみ穿った話。

広く狭く展開する部分が逆さまだな。そんな印象だった。

 

このように、個人的な印象としては、互いが異なる定義を展開していることで噛み合っていないと感じたが、書いてあることはそれぞれとても興味深かった。

 

 

というところで、 "成長"とは何だろか、と考える。

私は”世界が広がること”だと思っている。

 

この世に生れ、まず両親や親類という家族の世界で生活を送る。

次第に、近所のヒトやよく行く場所に居るヒト達を含んで、世界は広がる。

保育園や幼稚園に行って、同年代の子ども達が沢山居る世界を知る。

小学校、中学校、高校、大学、と次第に広い範囲からニンゲンが集まる世界を経験する。

社会に出て、外国に行き、様々なヒト達に出会い、自分の周りに展開する世界で生きる。

 

ヒトによって過程は様々だろうけど、物理的な世界の広がり(便宜的にこう表現します)をざっくり書くとこんな感じかな。

で、私が先に書いた、"世界が広がること"とは、このことそのものではない。

 

こう物理的に世界が広がることで、新しい刺激、新しい見方、新しい考えがどんどん湧き起こる。

その中で、それまでとは違う自分に少しずつ変わっていく。できないことができるようになったり、なりたい姿に近づいていく。

そうやって、受けとった新しいものに反応して、自分が変化することが成長だと思っている。

 

ニンゲンは世界を頭で認識している。認識している範囲が世界の広さ。

物理的な世界の拡大による新しい刺激や外環境の刺激などから、それまで頭が認識していなかった新しいことを知る、ということが世界が広がることであって、成長のきっかけになる。

そう考えると、今のネットを介して新しかろうが古かろうが自分が知らなかった事柄をその場に居ながらにして知ることができる、という環境は、どこにでも成長のきっかけが待ち受けてる、とも考えられる。

 

ちょっとTwitter眺めてたら、自分の考えの及ばないことを呟いてる方が山と居る。こんな刺激に満ちた状況が、何の苦労も必要とせずに手に入るとは何という贅沢か。

まぁ、それをどう活かせるかは自分次第です。刺激に溺れることにも気をつけないと。

 

ここまで書いて、結局は、私自身がそういう境遇を活かしてイイ具合に変化したい、と思っているだけの話で、一般性はないのかも、とか思い始めてしまった。(笑)

 

 

さて、私にとって成長とは、"それまでと違うナニカに変化すること"、とでも締めておきます。

成長の為に、世界を広げていくことと、それによる刺激と自分の率直な反応は大事にしたいです。はい。

 

 

ではまた、その内。