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No.33

特にテーマはございません。日常で見たり聞いたり考えたことを、徒然なるままに。

母は4つの言語を操る

つぶやき

母の日にかこつけて、私の母の話をしよう。

はてなブログも、今週のお題「私のお母さん」、と言って推奨(?)してるみたいだし、乗っかってみよう。

 

 

タイトルにも書いたように、私の母親は4つの言語を操れる。

と言っても、4ヶ国語をペラペラ!だとか、4つの言語でプログラミングできる、とかではない。

(後者は私がならねばならぬ姿か)

 

まずひとつ目。音声言語。

これは普段私達がやっているように、口で言葉を発声し喋る、というものだ。

 

ふたつ目。手話。

これは視覚言語というのに分類されるらしい(今さっき知った)。

手話ニュースなど見ればわかるように、手振りや指を使って言語を表現する。聴覚障害のヒト達が使っている。

 

みっつ目が点字

これは触覚言語とでも呼ぶのかな。公共施設の階段の手すりやトイレ、缶飲料などに見られる。

文字通り点(突起)の配列で文字を表現する。その連なりが言語となる。視覚障害のヒト達が使っている。

 

よっつ目。指点字

これはあまり馴染みがないかも知れない。聴覚、視覚共に障害のある、いわゆる盲ろうのヒト達が使うもので、両手の人差し指、中指、薬指のどの指に触れるか、で点字を表現する。

(説明わかりづらいかな、、詳細はググると出てきます)

 

以上の4つの言語(伝達手段と言ったが適切だったかな)を、母はほとんど自由自在に操る。

聴覚障害・視覚障害・盲ろうのヒト達と、私達が会話するのと何ら変わりなく、語らうことができる。

 

元々、養護学校や盲・聾学校の教師をしていた(今も障害を持つ子ども達を対象とした学童保育のようなものに携わっている)ので、そういう方面に造詣が深かったことは確かだ。

ただ、そのルーツがどこにあったのか、を私は知らない。

 

 

手話や点字指点字のスキルはかなりのものらしく、通訳もできる。昔、どこかの地方自治体主催の講演か何かで、壇上で講演者の横に立ち、手話通訳やったこともあるくらいだ。

(聞いたところによると、県内でも数えるくらいしか居ないスキル保持者らしい、よう知らんけど)

 

そういうスキルを、母はほぼ無償(↑の時はさすがに金が出たと言ってた)で使っている。

使う、というのは、こういうスキルの場合、障害のあるヒト達の手助け(この言い方はイマイチしっくりこないけど)となる事だ。

通訳はもちろん、新聞記事を点字で起こしたり、ちょっとした時に呼ばれて出掛けて行ったりしていた。

 

私は、仕事をし始めてはっきり思うようになったのだが、スキルは金を生む。ヒトが持ってないモノは武器になる。

しかし、母はその武器を武器としては用いてない。金の為でもない。これを善意と呼ぶのがいいのかわからないが、とてもステキなことだと思う。

こういう話になると「もったいない」とか思うヒトも居るかもだけど、こう振舞える母を、私はとても誇りに思う。

(私も昔はそういうことやって「疲れたー」と言ってる母を見て、「なら止めればいいのに」とか思っていたのは内緒だ)

 

 

 

余談だが、母のおかげで、私は幼い頃から障害を持つヒト達に触れる機会があった。多分、他のヒトより機会は多かったと思う。

ガキの頃は、特に何かを知っているわけではなく、自分とは違うヒト達が居るんだ、と漠然と感じただけだっただろう。

だが、そのおかげで、自分とは同じに振舞うことのできないヒト達が居る、という事を、そう偏った見方をせずに受け入れることができるようになったのだと思う。

とても有り難い経験だった、と今改めて思う。

 

 

面と向かってはちょっと照れ臭くて言えない事を、ここに綴ってみた。

目に見える形にしてみると、思った以上に、私は母を評価しているな。うん。ウチのかあちゃんスゴかですバイ。

今度実家に帰るときは、何か好物でも買って帰ろうか。

 

 

ではまた、その内。