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No.33

特にテーマはございません。日常で見たり聞いたり考えたことを、徒然なるままに。

乙武さん入店拒否の諸々に寄せて

つぶやき

乙武さんの入店拒否云々の出来事以降、どうにも胸の内がスッキリしないので、腰を据えて自分の考えを並べて吟味したいと思う。

 Twitterであれこれ呟いてはいたけど、細切れだとイマイチ、ストンッと落ち着く所まで行き着けなかったのでこちらで。

 

 

かなりアチコチで騒がれてるので、多くの方はもう知ってるだろうけど、一応、起こったことはこんな事。

↓のリンク先をざっと見てもらえば概要は掴めると思います。

 

乙武氏のレストラン入店拒否問題についての一般の反応 - Togetter

 

で、まず、この出来事を説明するのに何かいいまとめはないかな、とざっくり探したんだけど、これがない。

 望んでたのは淡々と出来事が綴られてる、という形式のモノだったんだけど、どこもまとめたヒトの考えやら、当事者の見解やらが、ドサッと付いてきてしまって、まず事実を知るだけ、っていうのが難しそうだった。

(という事で、あっちこちをまとめて読める、なリンク先を持ってきました)

と書いてる私も、ここで私の考えを並べたいヒトなので、ヒトの事言えないんですがね。

 

 

こんな事があって、Twitterに端緒となるツイートが流れてきて、そっから喧々諤々の盛り上がり。

色々な意見が、TLを始め、Web上を飛び回った。

私もすぐカチンと来て、感情的なツイートを飛ばした口ですが、それは他所に置かせて頂いて、飛び交う意見を眺めてて、あまりに引っ掛かりが多くて、心がささくれ立っていきました。

未だにその毛羽立ちが収まらず、こんなエントリ書いてる次第です。

 

脈絡もなく書いていくと酷いことになると思うので、的を絞って。(絞れているかは疑問

色々な話の中で、個人的に気になった話をまとめると以下の3点。すごいざっくりですけど。

 

 

・事前に連絡してないのが悪い論争

事前に連絡してもらえないと、店側は対応できない。困って当たり前。

予約する時に、車椅子であることを伝えないなんて非常識だ。

という、乙武さんが然るべき手続きを踏まなかったのが良くない、という論調。

 

この手順をちゃんと踏んでいれば、こんな展開はなかっただろう、とは思います。一番の焦点ではなかろうか、と。

ただですね、常に車椅子だとかハンデのある側から働きかけないといけない、という構図はいかがなものか、とも思います。

これが常識だ、ということになったら、車椅子のヒトがご飯食べに行くには、予約して車椅子で行くと連絡してからでないといけないってことになりますね。

気になった店にふらっと入る、とかできないワケですよ。それオカシクないですか。

何でフツー(という言い方にも疑問を感じるが敢えて)のヒトと同じ振る舞いができないのですか。その制限、制約はどこからくるんでしょうか。

ハンデがある=何かしら制限を受けねばならない、というのは間違ってますよね。

 

これは車椅子の方が配慮できる点かもしれないですが、配慮すべき、ではないし、常識とは程遠い。

また、ここで持ち出される"常識"というのは、"健常者の常識"ではない、と言い切れるとは思えないのです。

何と言っても、そういう配慮が漏れてしまった場合にも、障碍のある方が何ら困らずに事を成せたとしたら、その方がステキじゃないですか。 

 

 

・海外だと云々論争

海外だと、こんな振る舞いは即訴訟起こされて有罪。

海外だと、周りのヒトが助けてくれるよ。

という、日本の成熟度について疑問を投げかける論調。

これは裏を返せば、日本だから仕方ない。日本はそういう文化、風土だ、という事にもなるかと思います。

 

海外の事例については、Twitterにはめいろまさんという御大がいらっしゃるので、具体的な話はツイートを見て頂いて。

May_Romaさん連続Tweet:乙武さん入店拒否の件とハンディキャップのある人への感覚についてなど。 - Togetter

 

めいろまさんはイギリスに住んでらっしゃるので、イギリスやヨーロッパ諸国の事例が多いですが、アメリカもこの辺の事情は似たようなもののようです。

乙武氏入店拒否事件に対してカルフォルニアから - Togetter

 

何よりも、そういう法律がしっかり整備されてる、というのが日本との大きな違いでしょうか。

でも、法律で決まってるから、という理由も寂しいですね。 法律がなくとも、が一番ステキな姿と思いませんか。

そういうルールがないからそう振る舞えない、そう振る舞う必要がない、という事でもないですし。

 

障碍のある方や、所謂、社会的弱者と括られるヒトを保護するかのような法律。

その対象にならなかったヒトから見ると、特別視されやがって、それこそ差別だ、という話もチラホラ見ます。

そういう考え方については、こちらのエントリが素晴らしい答え(と言うのは言い過ぎかな)をもたらしてくれると思います。

フェアな社会とは何か?平等と特権と差別をもう一度考える。 | トロントのハッテン車窓から

 

私は、これを読んでかなり頭がすっきりしました。あまりに的確にツボを刺激されたことに感動して、ちょっと涙が出てきてしまった程です。

こういう経験ができるから、ネットはステキですよね。

 

また、この論点について、海外だから、日本だから、どっちが正しい、という議論に意味はないでしょう。

どちらも、ヒトが如何に振舞うか、という所が肝です。ただ、国が違う、という要素が、ヒトの振る舞いの違いに大きく影響した、というだけの話。

文化が違う?これからイイ方向に向かおうって時に、これまでの文化なんか気にしてたら何にもならないですよ。

 

日本の現状はこうで、海外の現状はこうで、↑のリンクなどからその違いを知ることができる。

その違いに「いいな」と感じられる部分があれば、その違いを自分の中に取り込んでいけばいい。

日本と海外は違う。そこで止まるのではなく、その違いについて考えていくことが大切。そう思います。

 

 

・店名まで出すのはやり過ぎだ論争

60万超のフォロワーの居る乙武さんが、店名を出してツイートするのは、配慮が足りな過ぎる。

影響力のあるニンゲンは、相応の振る舞いをするべきだ。 

という、乙武さんの影響力の大きさと考慮のなさを非難する論調。

 

乙武さんが、60万の軍勢を従えた弱者を装った強者だ、という表現を目にしました。

本当にそうですか?その60万人は乙武さんの一言で、その通り動くんですか?

乙武さんはひとつも強制や共感を煽る言動はしていません。

ただ、あった事を、そこから感じた思いを、ただ綴っただけです。こんな事誰しもがやってるではないですか。

乙武さんのツイートを見て、どう振る舞うかはその受け手の意志です。

60万のヒトが軍勢に加わるか否か、は完全に受け手の自由意志です。

 

影響力が大きいのだから発信を控えるだとか、オブラートに包むように務めるだとか、こういう事で、ネットの自由度が失われていくとしたら、それは悲しいことだと思います。

誰もが思ったままに振る舞い、そして、相応の責任を背負う。

情報を受けた側が、また思ったままに振る舞い、そして、相応の責任を背負う。

誰しもが自由に。それが、ネットのステキな姿だと私は思っています。

自由であるからこそ、誰しもに責任が。その責任の為に、誰しもが、色々と真剣に考えて発信する機会があればいいな、と思います。

(もちろん真剣=真面目ではなく、面白かったり、馬鹿げていたり、戯れたり、という事を発信するのもとてもいい事ですね)

匿名だとかの分厚いベールに包まれたまま振舞うっていうスタンスを、完全に否定はしないけど、私はなんか違うよな、と思っています。

 自分が綴るそのコトバは、やっぱり自分のモノとして捉えていたいですから。

 

発信する側にだけ何かを求めるのは筋違いだし、受け手側にだけ何かを求めるのも筋違い。

受け手も発信者に簡単になり得るのだし、元の発信者と同じ責任が、二次的、三次的な発信者にもあって然るべきでしょう。それは影響力の大きさなんかでは変わらない。

 

 

障碍という、フツーであるモノを持たないヒトばかりが、常に何かを配慮するべきではない。

大きな影響力というモノを持つヒトばかりが、常に何かを配慮するべきではない。

誰しもが思ったままに、自由に振る舞えばいいじゃないの。それがネットのイイ所でしょ。

 

 

ここまで書いて、やはり私は乙武さん寄りの立場のニンゲンと思います。

まず乙武さんについては、かの名著「五体不満足」で知り、簡単に言うとファンになった口です。

五体不満足

五体不満足

 

そして、それ以降の、乙武さんの行動を見て、とても信頼に足る方だと思っています。

だから、今回のこの出来事について「あの乙武さんがこういう行動に出るのだから、何らかの意味があるはずだ」という先入観があった事は否定できません。

 かと言って、それが間違いだったとは思ってはいません。

この事について、乙武さん自身が述べてますので、これ以上私がどうのと綴っても何にもならないですね。本人の言葉が本当の所を知るのに一番適切です。

イタリアン入店拒否について | 乙武洋匡オフィシャルサイト

 

 

最後に、

こうすればいい、ああすればよかった、正しい、間違ってる、正義を振りかざす、悪者だと非難する、などなど。

そういう議論に意味はないのです!(ドンッ

  

京極夏彦さんの著書「陰摩羅鬼の瑕」に、こういう台詞が出てきます。

「僕の目の前に置かれた書物は僕にとって凡て等価なのだ。

 言葉と文字になってしまえば後は好き嫌い以外に価値基準はないよ」

文庫版 陰摩羅鬼の瑕 (講談社文庫)

文庫版 陰摩羅鬼の瑕 (講談社文庫)

 

この台詞は古書店の店主が言うのですが、書物に限らず物事はそこに在るだけでは等価、というより無価値なはずです。

そこに意味を、高低を、優劣をつけるのは、それを見たヒトです。その判断根拠の根っこの根っこは、好きか嫌いでしかないと思うのです。 

 

どんな尺度も、結局、好きか嫌いかでしかない。

ヒトそれぞれの尺度があって、様々な出来事を受けて、その尺度に合うか合わないか考える。

その結果、誰かを貶めるだとか非難するという行動に繋がるヒト達が大勢居るのだな、というのがちょっと悲しかった。

私は、理想主義のケがあって、ヒトはそんなに悪い存在ではない、と思っていたいので、悲しかった。

それが、今回ずっと収まらない心の毛羽立ちの正体なのかな、と思います。

 

 

自分に迎合する話だけじゃなくて、色んな話を取り込んでしっかり考えていきましょう。

最後に、こうするって決めるのは、あなた以外の何者でもないのですから。

 

参考までに、私が気になったページのリンクを並べておきます。

興味が湧かれましたらどうぞ。どう思って、考えて、動くのか、はあなた次第。

 

↓については、まだ自分の考えがまとまってないですが、色々考えますね。

@tyk97さん連続Tweet:乙武さん入店拒否の件から考察する「グローバルいんちき」というプロトコル - Togetter

 

↓は、はるかぜちゃんのツイートまとめ。やっぱこのコすごいよ。中学入ったばかりのときに、こんな事言えなかったよ。 

はるかぜちゃん、乙武さん騒動について語る - Togetter

 

↓は、私よく知らないんですが、キュゥべえというアニメ?キャラのアカウントのツイートまとめ。淡々とした調子で綴られてますが、とてもしっかり考えてあるな、と感じます。

キュゥべえが"乙武洋匡さんが車椅子での入店を拒否された件"について語ってくれたよ - Togetter

 

↓一般の方と思います。自身のツイートまとめ。内容の取り方はヒトそれぞれでしょうが、まとめ方がステキだなぁ、と。個人的には大いに肯けました。

件のアレの話 - Togetter

 

↓何だかややこしくなって、人権だとか差別だとか、そういう話にもなってて、専門家の方も色々と言及したり。

ある福祉の専門家から見た、乙武-trattoria GANZO騒動 - Togetter

 

↓障碍のある方の考えも、別の視点から切り込んでくるので、刺激になります。

障害者側からみる乙武氏入店拒否問題 - まるみえ星人の日記

障害者側からみる乙武氏入店拒否問題その2 - まるみえ星人の日記

 

↓車椅子の方のツイートも。

車椅子ユーザーあゆさんの『車椅子での入店拒否について』 - Togetter

 

 

こうやって、色んなヒトが色んなコト発信して、それで何かがイイ方向に変わって行けたら、それはとてもステキですね。

私は、この出来事から、色々と素晴らしい方を(主にTwitterで)新たに知ることができて、とても良かったな、と思っています。

新しい刺激を受けられるお膳立てができた所で、私はこれからどう振る舞っていくのか、しっかり考えて、責任を背負っていきたいと思います。

 

 

長文、最後まで読んで頂き、ありがとうございます。 

ではまた、その内。