No.33

特にテーマはございません。日常で見たり聞いたり考えたことを、徒然なるままに。

知ったことか、とまた吐き捨てる

昨年末にこちら↓を読みましてですね、丁度、そういう事を考えもしてたので、つらつらと頭に浮かんだ事を並べてみたいと思います。


さよなら文通 : 17通目(ヤ)

 

 

ヒトとヒトが関わる。ヒトがヒトに何かを行う。あなたがそうする。私はそうされる。

何の為に?何のつもりで?

善意による施しを、施された方は侮辱と受けてとる。そんな構図はよく見られる。

行為とは、その行為を"受ける方"に意義の決定権がある。

あなたがどんなつもりでそれを行おうと、その行為を受けた側は、自分の尺度で好き勝手にその意図を量る。

 

 

上のエントリにある

「よかれと思って」という序詞から始まるセリフがいちいち嫌いである。
「伝わると思ったのに」という言い回しには無知しか感じない。

「待っていたのに」というフレーズがもたらすものは最終的には絞殺である。
「もっと優しい人だと思っていた」という言葉と対になるのは「知ったことか」であろう。

 

という一節。

全く同じではないけども、似たような事はよく思う。

最後の「知ったことか」が、一番よく思う。

そちらの勝手な期待、希望、幻想、思惑なぞ知りませんよ、と。

そして、こう並べ立てるアレコレも、そのまま自分に返ってくる。

私の勝手な期待、希望、幻想なぞ、誰も知ったこっちゃないのです。

 

だから、そんな事を気にしても何も始まらない。

(気にしないなら気にしないで、サラッと流せばイイのにね

 

自分の望むモノがあるのなら、それをズバッと真っ直ぐに投げ込めばイイ。表に出せばイイ。

それすらせずに何が伝わる。自分の中だけでやり取りしてても、外からは過程が見えない。ワケがわからない。

自分の中だけで終わる話なら、巻き込まないでおくんなまし。面倒くさいったりゃありゃしない。

 

私は冷たいヒト?寂しいヒト?酷いヒト?

そうですか、そんなん知ったこっちゃないですよ。何とでもレッテル貼ってやってくださいよ。

 

 

あれかな、これかな、と試して、ぁー違ったとまた元の位置に戻ってくる。

そんな中でもどうにかやり様はあるはずで、そのやり様で藻掻き足掻く外ない。

その過程で誰かにぶつかってしまったら、それは事故です。ごめんなさいね。 

あなたがどう考えようと、私にそのつもりはないのです。そう言ってないでしょ?

 

自分から何かを言わない限り、そのヒトの意志など何もないのと同じ。

自分が言った事が、そのヒトの意志。それ以上を斟酌してたら際限ない。知ったことか。

 

 

ではまた、その内。