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No.33

特にテーマはございません。日常で見たり聞いたり考えたことを、徒然なるままに。

ベリーダンスを観たのです

日常

昨夜は職場の飲み会で、トルコ料理の店へ行ったのです。

料理は美味しく、お酒も美味しく、まぁ、楽しい飲み会でした。

んで、そのお店、週末はベリーダンスのアトラクションがあって、初めてベリーダンスを生で観る機会を得ました。

 

私は、ベリーダンス(と言うかダンス全般)についてよく知らなくて、そこで演られていたダンスがどれ程のモノか、などという事はわからないし、評する事ができる程に何かを掴むこともできなかったですし。

ただ、身体のいろんな部位の肉を振るわす様から、静かな迫力を以って何かを伝えようとしておるな、という気配を強く感じたのでした。(拙い表現でゴメンナサイ

いや、でも、何をどうやったらあんな感じに腰動かせるんですかね。背骨や腰の作りから違う気がしましたよ。トレーニングの賜物なのかな。

 

と、よくわからん事について書き続けても詮無いので、別の話を。

そのお店、そういうアトラクションがあるけど、店内にステージがあるワケでもなく、通路や客席の間でダンスをされていたのですね。

私が通路側の席に居た事もあって、本当に目の前でベリーダンスが繰り広げられていたのです。

ベリーダンスの衣装って、露出が高いじゃないですか。そんな衣装に身を包んだ女性が、目の前で踊る。

まぁ、だからと言って、気恥ずかしいだとかは全然なくて、楽しそうに踊ってらっしゃるのはイイな、スゴいなと観てたワケです。

 

が、アトラクション終わって、飲みつつ話を再開すると他のヒト達から「(あんな近くにまで来たのに)目を逸らさなかったのスゴいね」とか「真剣に観るんだね」という言葉が出てきて募る違和感。

 

誰かが何かを演っていたら、そこから何を受け止められるか、アンテナを最大限に感度上げて向き合いたいと思ってます。

それが真剣さか、と聞かれると、ちょっと違ってて、自然な反応なんです。

そんなワケで、目を逸らす、という行動の選択肢なぞも出てこない。

こういう反応は、ダンスだったり、演技だったり、スポーツだったり、音楽だったり、あらゆる場面で出てきます。

折角だから、できるだけ多くのモノを受け取りたいじゃないですか。ぇぇ、欲張りですよ。

 

まぁ、そういうパフォーマンス自体にではなく、他の部分に意識が向くというのもわからないではないです。

でも、やっぱり本質はそこではなくて、それらはおまけでしかなくて、「そこに注目しちゃうのは違うよなぁ」という考えが強くあります。

それが高じて、今の向き合い方が自然に出てくるようになったのは良い事なのかな、と思ったり。

(その他の部分をメインに楽しむヒトの事がどうの、という話ではないですよ、何だかんだでそのジャンルが盛り上がるのはイイ事だと思いますし

 

 

そんなこんなで、自分がどうなのか、を確かめる事ができた夜だったかな、と思います。

ではまた、その内。