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No.33

特にテーマはございません。日常で見たり聞いたり考えたことを、徒然なるままに。

無恥を知る

5月も半ばを過ぎ、爽やかな初夏の風が心地良い時季です。

最近の晴れた日は、本当に清々しく気持ちの良い青空が広がりますね。

もう初夏の気配を通り越して、ムシッとした湿気が含まれてきてもいますが、もう少し、この爽快な季節を楽しみたいものです。

 

さて、今日も素晴らしく爽快な天気だったわけですが、その一方で、こんな話

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やこんな話

マリノスは最高!でも試合後は・・・: 横浜F・マリノスTV(まりころーる)

を目にして悶々としていました。

 

悶々と思考を巡らせてみましたが、何でこんな事やるかなーという点が全く理解できない。

私だったらどうか、という視点で考えてみると、何をどう考えてもそこに至らない。

 

私は何故そのような行動に走らないのか。

色々考えてみましたけど、単純に恥ずかしいからだな、と思います。ダサい。カッコ悪い。

 

相手の気持ちを考えるとか、誰かを傷つけてしまうからとか、そんな回りくどい話(と言ってしまうのも乱暴だけど)ではなく、単に私がそうする事が恥ずかしくて嫌です。

こんな事をやっているヒト達は、そんな恥ずかしさは感じないのか。

恥ずかしさを感じつつも、それが行動を押し止める程ではないのか。

恥とは、ヒトによって持っていたり持っていなかったりするものなのでしょうか。

 

 

特に意識して身に付けた記憶はありませんが(故に、考えた事もなかったのですが)、何かを恥だと感じる事は、実は身に付けようとしないと身に付かない類のモノなのかも知れません。

恥を知れ、という言葉があります。何かをきっかけにしないと、知ることができない、身に付かない要素であることを示しているようにも思います。

何かの経験があって、初めて恥を認識する事が可能になるとしたら、そのヒトがどんな事柄を経て今に至ったのかが、恥を感じる対象を大きく左右するのでしょう。

H×Hで、誰かの事を知りたければそのヒトが何に対して怒るのかを知れ(大意)、という言葉がありますが、そのヒトが何に対して恥と思うのかを知ることも、重要な要素となり得ると思います。

 

自分が何を恥ずかしいと感じ、何については恥を感じないのか。

そこに大きく明確な線引きがあるのか。ひとつひとつの要素に個別の尺度を持っているのか。

そこを再確認していくことで、新しい発見があるのかもしれない。もっと突き詰めて考えるべき材料となりそうです。

 

 

ではまた、その内。