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No.33

特にテーマはございません。日常で見たり聞いたり考えたことを、徒然なるままに。

作業分担の理想と現実

目は視覚を司り、耳は聴覚を司る。

目は物を見、耳は音を聞く。

目が音を聞いたり、耳が物を見たりはできない。

 

 

私達の身体は、様々な器官がそれぞれに割り当てられた役割をこなすことで、ひとつの個体として活動しています。

ヒトに限らず、いわゆる多細胞生物は、ある機能に特化した(これを分化と言います)細胞が寄り集まった構造をとることで、様々な複雑で高度な活動を可能としています。

生物が進化する過程で得た、とても素晴らしい仕組みです。

 

様々な能力を持つ個が集まって組織化し、より大きな規模での個を形成する。

仕事をする中でも、同様の仕組みが見られます。

ひとつの仕事をひとりだけで進めるのではなく、グループとして進める。

仕事での場合は、個人の能力が大きく特化・分化しているわけではありませんから、こなす作業を分担をすることで疑似的にその仕組みを構築する、とでも言えるでしょうか。

細かい部分異なっていても、個がそれぞれの役割を担い、より大きな全体として機能するという構造は同じです。

 

そこで大切な事は、それぞれがそれぞれの役割を果たすこと。

個が役割を果たすことで部分が埋まり、その果てに全体が完成する。

それは逆の見方をすれば、役割を果たさない部分があると、完成には行き着かないことを意味します。

 

仕事の上での役割分担は、細胞の分化程に固定的ではなく、多少の融通は可能です。

基本は、そう個の能力に大きな差があるわけではないわけですからね。

その為、何がしかの事情があって、その役割を果たせない事になってしまったら、他のメンバがカバーする事も可能です。

そういう点では、分化した細胞が寄り集まって、という構造より発達していると言えるのかも知れません。

 

 

と、話がこれで済むのなら楽なのですが、そうではありません。

(これ以降は愚痴です。全力で愚痴です。

"権限"という代物が加わると、一気に事は複雑になってしまいます。

あのヒトはこの作業を許されているけど、このヒトは許されていない、という状況が生じます。ここに能力は関係しません。

役割の固定化。他所から手出しができない状況。そのヒトがその役割を果たす外ない状況。

それでも役割を果たすのであれば何ら問題はないのですが、それを果たさない事がある。それも無自覚に。

すごい厄介な話。「アンタ、仕事しなさいよ」とか「居なくていいんじゃないですか」とか、思わず言いたくなる話。

(言えばいいんだけどね、、言っちゃったら色々終わっちゃうからね、、悩ましいよね

 

それでも仕事は進めなければならない。メンドクサイ。要らん手間ばかりが掛かる。ヒジョーにメンドクサイ。

唯一、良い作用を挙げるならば、自分もそうなってないだろうか、と自答するきっかけにできる事ですかね。(死んだ魚のような目

 

 

そういうのに曝されていて、ストレス過多な今日この頃に、ちょっと考えてみたのでした。

まぁ、どうにかしてやるさ。

 

ではまた、その内。