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No.33

特にテーマはございません。日常で見たり聞いたり考えたことを、徒然なるままに。

心の閾値は変えられるということ

つぶやき

子供の頃、音楽を聴いてると身体が動くのが常だった。

リズムやメロディに合わせて、足を踏み鳴らしたり手を泳がせたり、そんな事をやっていた。

周囲のヒト達はそんな事はしておらず、自分のちょっとミョーなクセなんだと思っていた。

 

成長の過程の中でも、ずっと変わらずそのクセは残り、かと言って、そう困るような代物でもないので、そのままに。

大人になっても、音楽が流れていると、何かしら身体が動いていた。

ただ、どんな音楽でもそうなるわけではなくなっていた。

何かしらの一線があり、その一線を越えると身体が動き始める。そんな感覚が内にあった。

 

その一線は何なんだろう。それを越えるまでと越えてからと、その差は何なんだろう。

身体が、細胞が反応する。心に響く。そうか否か。有り体に言えば、そういうことだろうか。

これは音楽を聴くことに限らず、本を読んだり映画を観たり、そうしている中で思わず笑ったり涙ぐんだり、そういう事にも当てはまる話なのかな。

 

そして、その一線は、閾値は決して一定ではない。

時々の心情、体調、そんな諸々で上がったり下がったりする。変化する。

変化する、という事は、自分でも変えられるという事だ。

(強固に揺るがない一線というのも、もちろんあるけども、それはまた別のお話

 

心は様々な方向へ動く。良い方向だったり、悪い方向だったり、あちらこちらに。

何かに感動したり、楽しかったり、そういう時が多いことを望む。

何かに腹を立てたり、憎んだり、そういう時が多いことは望まない。

望む方向へ心が動く閾値を下げる。望まない方向へ心が動く閾値を上げる。

そうできると、何だか良い具合になっていくんじゃないか。そう考えている。

 

今はまだ全然そんな境地からは程遠くて、ちょっとした事ですぐに怒りの閾値なんてぶっちぎってしまう時が多いけど、そんな事を減らせたら良い。

その上で、ちゃんと自分の中の素直な大事な部分を、しっかり表現できると良いのかな。バランス。

 

音楽で身体が動くクセ。

知らない時から、音楽に対する心の閾値は、ずっと低いレベルに設定されていたのかもね。

そのおかげで、色んな楽しい音を感じて今までこれたから、とても良いことだったと思う。そんなお話。

 

 

心の有り様は、結構、自分で変えられる。

そういう事を、最近は、よく思うんです。

ではまた、その内。