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No.33

特にテーマはございません。日常で見たり聞いたり考えたことを、徒然なるままに。

「モダンタイムス」を読みました

伊坂幸太郎著「モダンタイムス」を読了。

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

 
モダンタイムス(下) (講談社文庫)

モダンタイムス(下) (講談社文庫)

 

 

ちょっと前から「魔王」「呼吸」を読み返してて、その続編に当たるとあとがきにあったので、積読から引っ張り出してきました。

文庫で上下巻構成の長編、かつ、少々重い話でもあったので、所々休憩を挟みつつの読書でした。

 

あらすじとしては、大きな"そういうことになっているシステム"による謎に、陰謀に、攻撃に、主人公たちが立ち向かっていくお話し。

まぁ、よくあるストーリーです。ただ、そこに収まらないのが流石の伊坂作品。

魅力的なキャラクター、セリフに彩られた"らしさ"は、とても面白く刺激的なモノでした。

更に、「魔王」や「呼吸」のその後の世界が書かれていることもあり、それらの作品が好きな私はとても楽しめました。

 (ン十歳の詩織ちゃんも登場!"消灯ですよ"はなかったですが、笑

 

本作で繰り返し書かれているのは、複雑で絡み合った大きなシステムの一部として与えられた仕事をこなす個人、という図式。

その仕事が、結果的にどういう意味を持つかを、個人は知らない。知る必要がない。それでもシステムは動く。

主人公たちは、その真相を知る。そして、戦う。そして、『そういうことになっている』ことを改めて知り、決断する。

 

ここで書かれている図式は、現実においても考えられることだと、私は思った。

大きなシステムは、大きな目的の為に動いている。それは個人には手に負えない次元のもので、まともに考えようとすると途方に暮れる他ないのかも知れない。

その大きな目的を前にしては、どんな個人の目的も価値の薄いものであるのではないか、と思わされてしまうかも知れない。

大きな存在を前に、徒労感。無力感。虚無感。そんな感情が押し寄せてくることがある。

それでもどうにか仕事をこなす為に、自分は大きな目的の一部となって仕事をこなしているんだ、という事を心の拠りどころとするのか。

そうやって、自分の本意ではない仕事でもこなすのか。こなさないといけないのか。

 

そういう葛藤や迷いが心を占める時がある。

そんな私に、グッと刺さるセリフ。

 

"「でもね、それは言い訳なんだよ」"

"「仕事だから仕方がなくてやりました、なんてね言い訳に過ぎないの」"

"「仕事だからやらざるをえない、それはわかる」"

"「だけどね、開き直ったらおしまいなのよ」"

"「仕事でつらいことをやらないといけない人間は、悶え苦しんでやらないと」"

 

そうか、悩みながらでもよいのか。

その結果、本意ならざるとも"仕事だから仕方がなく"という所に落ち着いてもよいのか。

そういう考え方もあるのだな、とちょっと楽になりました。

 

ただ、そうあってよいと言っても、自分の意志や信念というものが、その前提条件として必須だと思います。

"「人間は大きな目的のために生きてるんじゃない」"

"「もっと小さな目的のために生きている」"

"「複雑にできているのは知っている。ただ、大きな目的を言い訳にするのは卑怯だというだけだ」"

これは、ずっと忘れないでいるべきこと。そこに甘んじてはいけないのです。

 

"「仕事が細分化されれば、人間から『良心』が消える」"

消しちゃいけない。忘れちゃいけない。自分の中の大切なものはしっかり持っていなければ。

何かと難しいのはわかります。でも、その難しいバランスを保って、自分を欺かずにいたいと思います。

 

 

と、ちょっと堅苦しい話になりましたが、この作品の魅力はそういう所だけではありません。

映画を巧みに引き合いに出した謎解きや、伊坂さんの持ち味である伏線の数々。

素敵に響くウィットに富んだセリフたち。(何度声を上げて笑ったことか!

しみじみと「魔王」「呼吸」を彷彿とさせるシーン。

どんなヒトにもとりあえず読んでみたらとオススメできる、素晴らしい作品です。

好きな作品がまたひとつ増えて嬉しい限り。

 

 

これは余談ですが、最近、よく考えることもここに書き添えておきましょう。

小説は"フィクション"です。創作。虚構とも言われることがあります。

ここまで書いたように、そんな小説の登場人物に、私は強く共感することが多くあります。

そして、それを現実の世界に繋げることも。

 

小説は作り物。作り物であって、都合のよい話とも言えますかね。

言わば、夢や理想を形にしたもの。現実とは違うもの。

それを現実に重ねるのはおかしい事でしょうか。

夢や理想を掲げるなんて青臭い?もっと大人になって現実を見るべき?

 

私はそうは思いません。いや、そう考えることができないと言った方が正確か。

(要はまだガキなのか、苦笑

何にせよ、夢や理想を語ることができないとしたら、そんなつまらない現実よりは夢や理想に溢れた"フィクション"の世界の方がなんぼかマシです。

そして、いつかはそれが現実にも良い影響を及ぼすのではないかと、これは一種の信心にも近い思いを抱いています。

まぁ、何だ。それだけ物語が好きなのです。

それだけ物語の力に期待をし、だから、多くの本を読みたいのでしょう。

"「小説はな、一人一人の人間の身体に沁みていくだけだ」"

沁みて溶けて残るんですよ。私の中に。そんな話。

 

 

最後にひと言。

 

"勇気はあるか?"

 

ではまた、その内。